IMDメータの製作

(フリーウェアーを活用してPSK31運用に役立つアクセサリーを作ろう!)

JA1SCW 日下 覚  2008.01.14

【 はじめに 】

         2001年9月より無線を再開してから今日までにPSK31での延べ交信数は約3,300になった。 その間に様々な信号品質のPSK31PCのスペクトル画面上に見てきました。信号のスペクトルが広がり歪んだ音のPSKを見聞きする度に、恥ずかしくないのかなぁーと思うと同時に自分の信号はどうだろうと気になっておりました。しかし、自分が送信している信号の品質を簡便に検証する手立てがなく何時もローカル局に実際の信号を受信して貰ってその品質の良し悪しを確認してきました。今回製作するIMDメータはその辺の不便さとそれによるフラストレーションを解消できる優れ者です。PSK愛好者には必携のアクセサリーなれるだけのポテンシャルがあると自負しています。また、PSK31信号の代わりに既定の周波数関係のツートーン信号を使えば種々の送信機の相対的な性能比較を簡便に行えるはずです。余談ながら、2信号間の周波数距離が31.25HzであるPSK31の信号を十分な解像度で表示できるスペアナが無いように思われます。その意味でもこのIMDメータは存在意義のあるアクセサリーの一つです。

 

【 IMDメータの概要 

           ブロック図(図1)をご覧ください。多くの方が、こんなのでIMDを測定できるのかと疑問を抱かれると思いますが、それほどに簡素な構成です。絶対レベルの測定をするには更なる吟味が必要だが、本機の狙いは送受信機の性能を絶対レベルで評価するのでなく、相対的な評価で事足りるPSK31信号のIM3の測定なので、こんな簡単な構成で十分なのです。MMVARIMixWまたはWaveGeneとサウンドカードで発生したPSK31信号の送信出力の極一部をM結合により直接ミキサーに入力します。その信号をいわゆるダイレクトコンバージョンの手法によりオーディオ帯域の信号に変換し、後続のPCM2900EADC(デジタル変換)してUSBインターフェースの手法でPCに渡します。PCではフリーウェアーWaveSpectraでその信号のスペクトルを分析して画面に表示します。言わば、今回製作するメータはトランシーバ出力とPCスペアナと言えるWaveSpectraをインターフェースするハードウェア-です。このメータ自体の振幅直線性歪によるIMDの劣化は緩慢で、GO-NG的な判定を目的としたPSK31信号のIM3計測においては神経質になる必要はありません。

 

【 設計の要件 】

      通販で入手可能な部品だけで製作できること。

      実用性と再現性に重きを置く。

      原則として表面実装とする。

      USBケーブル1本だけで動作させる。

      回路図と基板版下の作成はフリーウェアーによる。

      スペアナと信号発生器はフリーウェアーによる。

      PSK人口の多い7MHz帯のモノバンド仕様とする。

      出力10W~100W PEPIMDを計測できること(300WPEPまでは計測できました)。

      リグとアンテナ間に挿入してIMDを常時モニターできること。

 

【 回路説明 】

           ブロック図(図1)と回路図(図2)を見るとお分かりのように、取り立てて説明する必要がない位に簡素です。100W PEP出力時には50Ω両端の電圧が200Vp-pにもなりますので、電圧結合でミキサーに渡すのは気分的に嫌で怖い感じがします。下手すると感電したりデバイスを飛ばしたりする恐れがあります。馴染みは薄いが、ここはいわゆるM結合の出番です。M結合の定番は高透磁率のフェライトコアーを使ったいわゆる20dBカップラーですが、ここでは低透磁率のカーボニル材によるトロイダルコアーを使ってロスの多い(VSWRが悪くなるという意味ではありません)結合により適当な減衰量を得ています。T1の2次側でおおよそ350mVp-p/100W PEP出力時になりました。低透磁率のトロイダルコアーに巻線比1:1でトランスを構成するとなぜそんな上手い具合の結果になるのかをJA2SVZ/林氏のご協力によりSPICEでシミュレーションしました。T1が結合係数の低い(25%程度)トランスとすると辻褄が合いそうです。ただ、検出される電圧は6dB/Octの周波数特性を示すので、他のバンドで製作するときはそれを勘案する必要があります。

ブロック図.bmp

図1(ブロック図)

 

ミキサーの定番はSA612/NE612でしょうが、本機では、昔々FMのフロントエンド用に開発された非常に廉価だが優れ者のTA7358P(動作電圧1.6V~)のミキサー部とOSC部分だけを使うことにしました。T1でピックアップした電圧をVR1TA7358Pの最適入力電圧に調整します。本機の調整はこのVR1だけです。後述のように調整はクリチカルではありません。電源はPCUSB電源+5Vから供給します。しかし、この5Vラインは電圧がスパイク状に大きく変動するので定電圧デバイスTA48M033FによりIC2: TA7358Pにクリーンな3.3Vを供給してS/Nの良い周波数変換を行います。TA7358Pの消費電流は数mAなのでツェナーダイオードにより3V付近の電圧を得ても構わないでしょう。USB接続のサウンド・コーデックICであるPCM2900Eの周辺回路はデバイスメーカの推奨回路です。Windows98/98SE/Me/2000Pro/XP/Vistaはこのデバイスを自動認識するはずですが、場合によってはFTDI社のサイトから最新のドライバーをダウンロードする必要があるかもしれません。Mac9.110.1でも自動認識してくれるようです。来年以降の新バンドプランが見えていないので何とも言えませんが、常時PSKIMDをモニターしたいとお考えの方は、7030KHzのクリスタルをその新しい7MHzバンドプランに合致する周波数に変える必要がでてきます。7030KHzは特注しなくてもサトー電気から購入できるので選びました。ダミーロードだけでPSKIMDを検査する場合、クリスタルの周波数は7MHZ帯ならばどの周波数でも構わないでしょう。

 

【 部品の入手 】

全ての部品は東京都町田市のサトー電気http://www2.cyberoz.net/city/hirosan/guide.html から購入しました。自作をお考えの方はWeb記載の電話またはメールでコンタクトされてください。当メータは特殊な部品を使っていませんので同様の通販会社から、あるいは秋葉原・日本橋などで購入が可能だと思います。

 

 実装・ツール 】

           回路図作成(図2)にはフリーウェアーのbsch3vを、基板版下作成(図3)にはトラ技2007年6月号附録のCSiEDA 5.3体験版を、マウント図作成(図4)にはIBMHPBWindowsのペイントでもOK)をそれぞれ使いました。本機ではUSBコーデックICPCM2900Eを使うのでCR部品などもすべて表面実装部品を使いましたが、もちろん通常部品を使って実装しても構いません。ただ、PCM2900E(ピンピッチ0.65mm)の半田付けは難しい部類に入りますし、ICの静電破壊にも注意が必要です。また、ICは比較的高価ですので初心者の製作はお勧めしません。

 

 

 

 

 

IMD meter Circuit.bmp

図2(回路図)

 


      
       図4(マウント図)
IMD Meter Final.bmp

 

図3(基板版下:参考)

 

変更

C3C4: 220pF ⇒ 22pF

 

 

 

 

 

 

 



このIMDメータの心臓部であるWaveSpectra(スペアナ)とWaveGene(信号発生器)はそれぞれ  http://www.ne.jp/asahi/fa/efu/soft/ws/ws.htmlおよび     

http://www.ne.jp/asahi/fa/efu/soft/wg/wg.htmlからダウンロード可能です。URLの掲載はソフトの作者であるefu様の了解を得ています。このソフトは一昔前だったら考えられない様な素晴らしいスペアナ機能を無償で提供してくれます。紙面を借りて改めてefu様にお礼を申し上げます。

 

回路図作成と基板版下作成についてはCQ出版社から懇切丁寧な解説書が刊行されていますので、この際だから自前で基板制作・製作もとお考えの方は、それらをご一読されることをお勧めします。趣味の自作ですので売り物としては禁じ手である(例えば部品の下に部品をマウントするとか、表面実装部品でないTA48M033F TA7358PPCM2900Eと同一面にマウントするとか、VR1は反時計回りでレベルがアップする)手法を使いました。また、マウント済み基板の質量が小さいので、基板はケースに両面テープで張り付けてあるだけです。ケースはプラスチックまたは金属の何れでも構いません。

 

CSiEDA5.3体験版で作成した基板(図3)は75x100mmの紙フェノール片面に6枚も面付けできます。版下はインクジェット専用のOHPフィルムに600dpi以上の解像度で印刷します。当初、ピンピッチ0.65mmSSOPの基板を自作できるのかと懸念しましたが、全く杞憂でした。別途、確かめたところでは0.5mmピッチまでは自作可能でした。基板の自作が初めての方は露光・現像・エッチングのケミカルプロセスが難関です。感光基板と現像剤(液)は失敗を前提に多めに購入しておくのが良いでしょう。

 

【 設定と調整 】

 

図5(接続図)

接続2.bmp   

基板に部品をマウントした後、入念にマウントチェックを行ってください。3端子レギの出力をGNDと1分間ほどショートさせるとTA48M033Fをオシャカにしてしまいます。接続図(図5)のようにPC、トランシーバ、パワー計、ダミーロード、IMDメータを接続します。PCとトランシーバはデジモード用のインターフェースを介して接続します(デジモード環境を構築)。調整箇所はVR1の1カ所だけです。半田付け・組立が正しく行われていれば、USBコネクターをPCに差すだけでWindowsがデバイス認識を始めますので、それが終わるまで待ちます。IMDメータに組込んであるPCM2900EUSB Audio CODECとして認識されたら次に進みます。

1、WaveSpectraMMVARIMixWあるいはWaveGeneを起動。

2、IMDメータのローカルOSC7030KHzより700Hzほど低目)をMMVARIまたはMixW上で確認。

3、その周波数より低い周波数(3KHz以内の任意、1KHzまたは1.5KHzなど)で送信。

4、トランシーバのドライブ(ICOMの場合RF POWER)を最大にして、出力が50WPEP、または常用出力値になるようにサウンドレベルを調整。

5、WaveSpectra上で最大スペクトルが-35dB前後になるようにVR1を調整。

図6~図10はWaveSpectraの設定例です。

 

【 測定結果 】

IMD-Output.jpg

図11(測定結果)

 

図11はIC-756PROIIFTDX-9000およびFL-1000を使ってPSK31信号の送信出力とIM3の関係を測定した結果をまとめたものです。図12~図16は各機種の代表的なスペクトル図です。FTDX-9000A級では-50dB/75Wとスペックされていますが、PSK31信号では-39dB/40Wまでしか計測できませんでした(ALCのために40W以上にならない)。スペックと大きくかけ離れた結果となっているが、その原因は不明である。同機AB級では-35/200Wとスペックされているが、PSK31信号では同じ理由で-36dB/140Wまでしか測定できなかった。しかし特性カーブから類推するとスペック通りの性能は出そうである。FL-1000も参考までに計測したが思いのほか良くなかった。IC-756PROIIは素直な特性の様相を呈している。PSK31においてIM3=-25dBは許容レベルであるので、フルスペックの100WPEPまで出しても他局に迷惑を掛けない信号品質であることが予想される。「PSKでは定格出力の半分以下で使うこと」という定説を覆す実力を備えているトランシーバである。定説通り30~50WPEPの範囲で運用するとIM3は-35dB以下となり理想的な値となる。PROIIIとかIC-7700/7800なども計測したいが筆者が所属する厚木無線クラブ内では当てにできるのがない。東大和市の友人がIC7700を最近購入したようなので、近々に遠征してICOMの旗艦モデルのIMDを測定する積りである。

 

【 アンプの性能指標IMD 】

           IMDとはInter-Modulation Distortion(相互変調歪)のことで、周波数差の小さな2つの信号をアンプで増幅すると、その出力には基本波であるf1およびf2の近傍に3次以上(2f1-f22f2-f1、・・・・)のスペクトル(歪み成分)が現れます。アンプの性能(振幅直線性とダイナミックレンジ)の良し悪しを表す指標としてはIM3(3次の相互変調歪)および、異なる切り口の指標IP3(3次インターセプトポイント)およびP1dB(入出力の直線性が1dB低下したポイントの値)が使われる。IM3IP3IM33xPo – 2xIP3の関係にあるので、Poを知ってIM3またはIP3のどちらかを知れば他方も分かる関係になっている。また、アンプをA級アンプに限定するとIP3P1dB+10の関係になる。

トランシーバの具体的な定格値を引用して性能を吟味すべく国内の3メーカのウェブ情報を調べたところ、ヤエスはFTDX-9000/FT-2000/950シリーズの送信部のみ、ICOMIC-7800/7700/756Pro3シリーズの受信部のみ、ケンウッドに至っては送受信部共に記述なしであった。IM3にしろIP3にしろ、言わば受信アンプと送信アンプの性能を裸にする両刃の剣なので、各社とも同じ土俵上で「ガップリ四つ」になるのを故意に回避しているのではないかと思われます。また、言い訳がましい測定諸条件が付記されており、これまで日本の各メーカがIMDに焦点を当てた製品作りをしてこなかった証左を垣間見た思いである。この辺が日本製のトランシーバの音がクリーンでないと言われている要因かもしれません。何れにしても各メーカ間の良い意味での協調(談合でなく)と日ごろの切磋琢磨によりユーザーフレンドリーな世界クラスの製品と情報を提供して頂きたいと思います。

 

【 おわりに 】

           ローカル局JA1FML/熊谷氏が所有のアンリツ製旧モデルスペアナでPSK31IMDを計ろうとしたが、どうやってもレゾリューション不足で計測できなかった。筆者にとっては馴染みの薄い測定器の一つ、スペアナなので使い方に間違いがあったのかもしれないが、PSK31の場合は2周波の距離が31.25Hzしかなく、このような信号は多分そのスペアナの仕様範囲外だったのでしょう。後日、熊谷氏に最新鋭スペアナのレゾリューション限界を調べて貰ったらやはり無理とのことであった。熊谷氏には測定対象機としてヤエスの旗艦モデルFTDX-9000を提供して貰った。大出力のPSK31は世界標準にいささか馴染まないが、熊谷氏が所有の1KWリニア―アンプFL-1000も合わせ測定した。デジタル短波放送受信の教祖的な存在であるJA2SVZ/林氏よりTA7358Pの使い方および回路説明の細部に渡って、貴重な助言を頂きました。林氏の執筆されたDRM(デジタル短波放送)受信機の製作記事が縁で知り合いになりましたが、氏の広範かつ深い理論的な知識と精緻なソフト作成技術とハード製作技術はプロ裸足です。紙面を借りて両氏に深く感謝いたします。筆者は、このIMDメータ、あるいは同様のツールを活用することにより日本から送信されるPSK31の信号品質が世界第一級になることを願っています。

 

図6(WaveSpectra設定-1)

WaveSpectra_Wave_Setting.bmp

 

図7(WaveSpectra設定-2)

WaveSpectra_Wave_Spectram.bmp

 

図8(WaveSpectra設定-3)

WaveSpectra_Wave_FFT.bmp

 

図9(WaveSpectra設定-4)

WaveSpectra_Wave_RecPB.bmp

 

図10(WaveSpectra設定-5)

WaveSpectra_Wave_Others.bmp

 

図12(FTDX-9000 A級 40WPEP

A40.bmp

図13(FTDX-9000 AB級 100WPEP

AB100.bmp

図14(FL-1000 300WPEP

A27L300.bmp

図15(サウンドカードRigExpertの出力)

RE-Plus Output.bmp

 

図16(IC-756PROII 50WPEP

IC756P2-50W (2).jpg

 

IMG_0474.jpg